共働きが増えている今、キャリアをあきらめずに「里親」になった夫婦がいます。大手カフェチェーンのマネジャー三武洋子さん(47)は2年前、当時2歳の女の子を迎える際に「育児のための長期休暇」を8カ月間取得しました。養育里親は国が定める「育児休業制度」の対象外で、委託されるこどもの養育には企業の理解が欠かせません。休暇取得に至った経緯や子育てについてご自宅でお話をうかがいました。

充実した毎日 こどもと過ごす幸せなひととき 

秋晴れの穏やかな陽気の朝、洋子さんが、夫の鉄也さん、めいちゃん(仮名)と暮らすご自宅を訪ねました。はにかんだ笑顔を浮かべ、玄関先から元気よく飛び出してきたのは、ピンクのエプロン姿のめいちゃん(4歳・仮名)です。

リビングには手作りしたどんぐりの置物が並ぶ
リビングには手作りしたどんぐりの置物が並ぶ

三武夫妻がめいちゃんを家庭に迎え入れて2年余りになります。リビングの棚には、めいちゃんが拾ったどんぐりでつくった置物が並び、壁には成長を記録した写真が一面に。家族3人で積み重ねてきた思い出で満ちあふれていました。

「だっこして~!」
満面の笑みで駆け寄るめいちゃん。洋子さんは「よいしょ!」と抱き上げ、目線を合わせます。足をパタパタさせて喜ぶめいちゃんを下ろすと「もう1回!」とせがまれ、「え~?」と苦笑いしながらも再び抱っこ。そんなほほえましい様子を、鉄也さんも目を細めて見つめていました。

洋子さんが「養育里親制度」を知ったのは、5年前。きっかけは、児童養護施設などで暮らすこどもたちが、週末などに里親家庭で過ごす「3日里親制度」の記事でした。以前から社会貢献活動に関心があった洋子さん。SNSで記事を読み、「これ、やってみたいね」と鉄也さんに話すと、こども好きの鉄也さんも乗り気に。夫婦で児童相談所の研修を受け、施設のこどもたちと触れ合ううちに、「短期の『3日里親』よりも、長期の委託の方がこどもも私たちも生活のリズムをつかみやすそう」と考えるようになったそうです。

めいちゃんを抱き上げ、壁の写真を見つめる洋子さん
めいちゃんを抱き上げ、壁の写真を見つめる洋子さん

共働きの三武家では、鉄也さんが保育園への送りを担っています。朝8時に洋子さんが出勤した後の45分間は、時計を気にしながら、バタバタと出掛ける準備を済ませます。「通い始めの頃は『行こう!』『行かない!』の攻防もありましたが、今はこどもが自分で身支度できるようになったので、だいぶ楽になりました」と鉄也さん。

夕方のお迎えは洋子さんの担当。徒歩5分の道のりを、ゆっくり40分かけて帰るのが日課です。「地面のひび割れに指を入れたり、急にかけっこしたり……。いつも同じ道なのに、この子には毎日違って見えるのでしょうか。こどもの好奇心につきあうこの時間が、とても幸せなんです」

夕食の食卓には、鉄也さんが朝のうちに用意してくれた夕飯が並びます。洋子さんは「私はおかずを温めるだけ。復職後の暮らしは夫なしには語れません。夫のおかげで、こどもとの時間を楽しめています」と穏やかな笑顔を見せました。

おしゃべりが上手になっためいちゃん。鉄也さんとの会話も弾む
おしゃべりが上手になっためいちゃん。鉄也さんとの会話も弾む

会社がサポート、8カ月の休暇がもらえることに

三武夫妻とめいちゃんの物語は、2023年4月に児童相談所(児相)からかかってきた一本の電話からはじまりました。

「2歳の女の子の委託を長期でお願いできますか?」

少し緊張しながら迎えた初対面の日。印象的な太めの眉が、聡明さと芯の強さを感じさせたといいます。すぐに「いっしょに暮らしたいな」と思った洋子さん。鉄也さんは「自分に子育てができるのだろうか」とほんの少し不安を感じたものの、3カ月かけて施設や自宅で交流を重ねていくうちに、洋子さんと同じ気持ちになっていきました。

洋子さんにおやつをおねだりするめいちゃん
洋子さんにおやつをおねだりするめいちゃん

新しい暮らしへの期待が膨らむ中、洋子さんは仕事との両立に頭を悩ませました。児相の担当者に「愛着形成のために4カ月は密な時間を過ごしてほしい」とアドバイスされていたからです。法的な親子関係がない養育里親は国の育児休業制度の対象外。勤務先には、血縁でなくとも養育するこどもがいれば育児休暇を取得できる独自制度がありましたが、対象は育児休業を延長した場合と同じ満2歳まででした。

仕事は楽しかったけれど一旦ここまでと心に決め、里親になるために退職する意向を上司に伝えた洋子さん。ところが、返ってきたのは思いがけない言葉でした。

「すばらしい! 洋子さんらしい。お休みはどれくらい必要?」。事情を説明すると、その日のうちに人事部との面談が決まりました。退職するつもりでいたのに、気がつけば「めいちゃんが3歳になるまでの8カ月間の休職」になっていました。「この会社に24年間勤めてきて、人を大事にする会社だと思ってはいましたが、私のこともこんなに大事にしてもらえるのかと感謝でいっぱいでした」

長期休暇が与えてくれた「家族になるための時間」

会社からも職場の仲間からも、温かく背中を押されて8カ月の育児休暇がスタートしました。鉄也さんはまとまったお休みは取らなかったものの、時間の調整がしやすい職場で、2人そろってめいちゃんと向き合いました。初めての子育ては、やることも学ぶことも盛りだくさん。洋子さんは「毎日、なにして遊ぶと楽しいかな、おやつはどうしようかなと一つひとつ考え、調べながら過ごしました」と振り返ります。

家庭内で役割分担し、連係プレーで仕事と子育てを両立させる三武夫妻
家庭内で役割分担し、連係プレーで仕事と子育てを両立させる三武夫妻

めいちゃんは新しい環境にもすぐに順応し、笑顔を見せるようになりました。「私たちは相性が良かったんでしょうね。一度だけ、ずっと泣き止まないことがあって、その時はとても心配しました。今思うと黄昏泣きだったのかな」

夫妻が大切にしているのは、めいちゃんの意思を尊重すること。「彼女は表情豊で社交性がある、ひょうきんさん。運動神経抜群で、意志も強い。この子がやりたいことをやって、なりたいものになれるように私たちはサポートするだけだよね、と夫とも話しています。世界で一番大切なめいの応援団なので、どんなめいも全力でサポートします」

買い物にいったときのワンシーン。鉄也さんのまねをするめいちゃん
買い物にいったときのワンシーン。鉄也さんのまねをするめいちゃん

育児休暇中は、保育園探しにも奮闘しました。現在47歳の鉄也さんは、「自分と年の近いお父さんお母さんはいないんじゃないかと思っていたのに、意外と40代の方が多くて。今ではパパ同士で集まることもあれば、家族ぐるみで登山に行くこともあります」と、めいちゃんが運んでくれた新しい出会いを心から楽しんでいる様子。イベントやお祭りへの参加を通じて地域との交流も深まったといいます。

「妻が仕事で遅いときは僕が保育園のお迎えに行くんですが、僕を見つけて走ってくる姿がかわいい。自分がこんなにこの子を好きになって、こんなに毎日が楽しくなるなんて想像もしていなかったです」

養育里親の広がり、企業・社会の理解があってこそ

洋子さんは2024年5月に職場に戻り、翌年6月には1日6時間の時短勤務のまま、育児休暇前のポジションである「ストアマネージャー(店長)」になりました。洋子さんは上司から受け取ったメールを、今も大切にしています。

「女性も男性も関係なく、仕事と家庭、子育てが両立でき、心豊かな生活が送れる日本となることを心から願っています。里親として輝きながら活躍される洋子さんの存在、その一助になれば、心から嬉しく思います」

育休取得を後押ししてくれた上司や会社への感謝は仕事をする上での励みにも
育休取得を後押ししてくれた上司や会社への感謝は仕事をする上での励みにも

そのメッセージを読みながら洋子さんは胸が熱くなりました。同僚の支えも温かく、保育園のお迎え時間が近づくと、アルバイトの若い子が「洋子さん、もう16時45分だよ! お迎え、お迎え!」と帰宅を促してくれることも。改めて会社や同僚への感謝の気持ちが強くなり、仕事で恩返ししたくなったと振り返ります。

子育てを経験したことで、日常の見え方も少し変わったといいます。ときには、こどもが急に泣き出して席を立とうとしているお客さまに「泣き声はかわいいBGMですから、気にしないでくださいね」と声をかけることも。子育て中のお客さまが少しでもリラックスできる時間が増えるようにと心がけています」

共働きの里親が増えるには、企業や社会の理解が欠かせません。里親の中には、養育のために休暇をとることも、時短勤務も認められず、急に始まるこどもとの生活に悩む人も多いといいます。

「里親の認知度はまだまだ低いですが、企業や社会にもっと知ってもらって、里親になるハードルが下がったらいいなと思います。子育てをしながら、今も社会の一員でいられることがありがたいです」

めいちゃんの成長や日々を記録した手帳は3冊目になる
めいちゃんの成長や日々を記録した手帳は3冊目になる

めいちゃんを迎えてから、洋子さんは忘れたくない成長の一瞬一瞬を手帳に記してきました。「最近は言葉が達者になって『涙ぬぐってるだけ!』って。『ぬぐう?』みたいな。全部覚えていたいから、できる限り書き残しています」と洋子さん。イラストも交えながらつづった日々の様子から、どれほどめいちゃんを慈しんでいるかが伝わってきます。

「こどもたちの助けになりたくて里親に登録しましたが、私たちの方こそ、こどもに幸せにしてもらっています。里親は、こどもに愛情を注げるなら誰にでもできる。『こどもと一緒に成長したい』という方が、気軽に手を挙げてくださったらいいなと思います。里親になってよかった。本当に毎日が楽しいです」