「配偶者がいなければ、里親にはなれない」。里親についてそう思っている人は、多いのではないでしょうか。一定の条件を満たし、「こどもを適切に養育できる」と判断されれば、単身でも里親になることができます。実際に単身里親として認定を受けた鴻池友江さん、工藤佳子さんのお二人に、子育ての様子やこどもとの向き合い方について聞きました。
こどもとの生活で感じた楽しさ 単身ならではの困りごとも
――単身里親になろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。それぞれ教えてください。
鴻池:私自身が思春期に多感な時期を過ごしたこともあり、若い頃から悩み多き思春期のこどもに寄り添いたいという思いがありました。自然を活用しながら家庭や学校で困りごとのあるこどもに伴走したいと思い、20代後半で伊豆大島に渡り、フリースクールを立ち上げました。
島のひとり親家庭のこどもたちと接することで、血がつながっていなくても「社会で育てる」ことはできるという思いを深め、活動をいったんリセット、民間の支援者としてではなく公の職員として家庭の中に入っていきたいと、東京都内の児童相談所で働き始めました。そこでさらに、心理職としてこどもたちの心のケアをするなかで、こどもたちが再スタートするにあたっての「受け止める環境」がまだまだ足りないと感じ、それなら私が「受け止める家=里親」をやりたいと思いを深めました。
ただ、私は結婚していません。当時は私も「夫婦でないと里親になれない」と思っていたので、里親になるために婚活するなど、ハードルの高いことをしていた時期もあります(笑)。やがて「シングルでも里親になれる」という情報を同僚たちから得て、迷わず里親認定を受けることにしました。
工藤:私は児童養護施設勤務を経て、保育士になりました。「保育園こそ親子支援の最前線」という思いのもと、子育てや親子関係で悩みを抱えている時、厳しい状況を迎える前に、寄り添い支援するサポートがあることで、何かできることがあるのではと感じました。母子キャンプにスタッフとして参加したときには、育児が大変な時期にキャンプを通して親御さんが一息つき、自分を見つめ直している姿に感銘を受けました。キャンプの「子育てはたくさんの手と笑顔で」というモットーにも、深く共感しました。「『育ちのチャンス』は保育園だけでなく、いろいろなところにある」と思っていたところに単身里親の話を知り、こどもたちが大人になるまでの間に、「信頼できる大人」「安心できる大人」に出会う機会が多くあってほしい、その一人になれる可能性があるならと里親になることを決めました。
――お子さんを実際に受け入れるまでの経緯、受け入れてからのお話を聞かせてください。
鴻池:里親として一定の収入は必要なので、仕事はしなければならない、一方でこどもとも一緒にいる必要があるので、当初は日中非常勤の仕事をしながら、昼間学校にいる中高生の子を一時的に迎え入れていました。どうしたらもっと家にいられるだろうと模索しました。上述した、施設で関わったこども達が地域に戻った際に頼ってこられる場所でもありたいと考えていたので、多様な困りごとに対応可能な居場所としてみんなのリビング「いるか家」を立ち上げました。フリーランスの仕事も並行して始めたところで、小学校低学年の子を委託され、迎え入れました。
こどもとの生活は楽しいこともあれば、大変なこともありました。楽しかったのは、保護者として学校に行き、授業参観や運動会などでこどもの可愛い姿を見られたことです。PTAなどで地域の顔見知りが増えるというのにもわくわく感がありました。こどもがいるから行ける場所、たとえばこども図書館に行ったり、里親仲間の家族と一緒に遊園地に行ったりしたのは楽しかった思い出です。寝る前の読み聞かせも好んでくれたので、物語の世界を一緒に味わう時間も好きでした。学校に迎えに行った帰り道、「風が気持ちいいねぇ」と伝えると一緒に風を味わってくれていたのも懐かしいです。
大変だったのは試し行動や、こどもの心の不安定さに向き合ったことです。その子は「一瞬たりとも一人になれない」子で、料理の一瞬も背を向けさせてくれないという状況が続きました。受け入れた直後から抱っこ、おんぶ。そして試し行動もすぐに始まりました。悪夢を見るのか、ひと眠りすると泣いて起き、暴言を私にぶつける日々になりました。そのたびになだめて落ち着かせるのですが、力の強い男性だったら、どんなに「触るな!」と叫ばれても「まぁまぁ」と言いながら抱きしめてあげられるのになと思ったこともあります。単身なので誰かと代わることができなかったことも、大変でした。
二人目の子は10代後半だったのですが、年齢的にもやはりコミュニケーションがなかなか難しく、自分の殻にこもってしまうところがありました。でも、「里親の役目はしゃべってもらわなくても、おいしいごはんを食べさせ、お風呂に入らせ、命を保護すること」と割り切り、「おはよう」「いってらっしゃい」と声かけを続けました。本人はコツコツと勉強を頑張っていましたね。
工藤:私は里親認定を受けるために、いったん仕事を辞めました。保育士の正規職員を続けながら認定のため研修を受ける道ももちろんあったのですが、一度辞めて集中して取り組もうと。当時単身で1Kの部屋に独り暮らししていたのですが、こどもを迎え入れるために2Kに引っ越しました。仕事を辞め、広い部屋に引っ越し……ということで、経済的に大変でした。まだ認定を受けたばかりですが、保護者の方のレスパイト(育児疲れの時などに取る一時的な休息)でお子さんが日中うちに滞在したり、週末に遊びにきたりするのを受け入れました。未就学のお子さんが来たときは部屋で水を使った遊びをしたらとても喜んでくれて、よかったなと思いました。
里親というと長期でともに住むというイメージがあったのですが、現在の私の仕事の状況などから、レスパイトなどのかたちで保護者さんを支えるという形がいいのかなと思っています。レスパイト先が増えて、支え合う場が増えることも重要と感じています。
「地域や制度面のサポートがあれば、ハードルも下がる」
――おふたりとも、単身ならではの養育の大変さを経験しながらもこどもに向き合って奮闘されてきたご様子がよくわかりました。単身で里親をするにあたり、「ここがこうなったらいいな」と思うことがありましたらお聞かせください。
鴻池: 「ケースワーク」「地域の理解」「サポート制度」の三つの視点でお話ししたいことがあります。
まず、「ケースワーク」ですが、こどもは里親家庭に入る時点で、さまざまな経験から大人を信じられなくなっていることが多いです。また、単身里親の家庭では、多くが家に入ればそばにいるのは実質里親ひとりです。里親家庭の生活のはじまりには、こどもと迎え入れる里親家庭のそれぞれのケースにあわせて、何が必要なのか個別に検討いただきたいです。単身里親の家庭には、児童相談所や里親支援センター等の大勢の頻繁なサポートが必要だと思います。
次に「地域の理解」ですが、こどもは学校など外の世界では「そこそこやれている自分」を懸命に見せていますが、それでもトラブルは起こるものです。こどもが抱える複雑な心理状態やコミュニケーション上の課題などを、地域の人が当たり前に想像できるような社会になっていけば、「こどもがおうちに来るの?どんな子? みんなで面倒をみようね」など、みんなで一緒に見守る近所の人ができていくのではないかと思います。
三つ目の「サポート制度」についてです。私の考えですが、単身里親はどうしてもこどもを一人でみる必要があるため、行政の地域の子育て家庭へのサービスと同様に、サービスを受けることができるのではないかと考えます。具体的にどれがあると良いというアイデアは今は無いのですが、「このサービスはシングル里親にも適用としよう」という柔軟な対応をしていただけたら嬉しいです。と言いますのも、こどものケアに集中するためにはいったんはそれまでの働き方をストップする必要がある場合も多いと感じるからです。自治体や企業によっては、「職員が里親としてこどもを受け入れる時に休暇が取れる」などの制度もあります。そのようなサポートが充実すると、単身里親になるための時間的・精神的なハードルも下がるのではないかと思います。
工藤:私はやはり住居の問題が大変でしたので、長期だけでなくレスパイトなどで迎え入れるときにも補助などがあるとうれしいです。子育て世代向けに相場より安く家を貸す「アフォーダブル住宅」などが昨今ありますが、里親に理解のある大家さんにつなげてくれるなど、不動産関連の支援制度が単身里親の迎え入れにも適用されるといいなと思います。
――鴻池さんはこどもたちの「居る場所、帰る家」という主旨の、いるか家を運営されています。こどもたちのため、どのような思いで、いるか家と単身里親の活動をされているのでしょうか。
鴻池:こどもが笑顔でいるためには、養育者である大人が笑顔であることが大事です。大人たちの中には「世の中に悪い評価を受けない子育てをしなければ」と自分を追い込み、こどもへの要求が多くなって子育てが難しくなるという、悪循環を抱えている人がいます。大人世代がもっと安心して、人の評価を基準にしなくてもよい、と思えるようになることが大切で、そのためには地域全体で「人はみんな違って当たり前。それぞれの個性を理解しあい、尊重し合う」という土壌になっていくことが大事です。それを実現するための啓発活動をしながら、現場にくる親御さんの現実的なお手伝いをして、親子が安心して過ごす応援をしています。これが育児疲れや、親御さんの子育てにおける追い込まれ感を防ぐひとつの力になれれば良いと思っています。
みんなで支え合ってこどもを守り育てる
――最後に、単身で里親になることに興味を持っている人、なりたいけれども少し躊躇している人に、メッセージをお願いします。
鴻池:こどもと暮らすのは楽しいこともあれば、大変なこともありますから、楽しい面、良い面ばかりをアピールしようとは思いません。ただ、みんなで支え合ってこどもを育てていくことはできると思います。ベテランの里親家庭と、その家庭につながるいくつかの家庭がひとつのグループになり、グループ内で交流したり、親が疲れたときにこどもを預かったり(レスパイト)し、それを里親支援機関が支えるという「モッキンバード・ファミリー」という米国発の仕組みがあるのですが、そのような支え合い方ができれば、単身でも里親としてこどもと暮らすことができる方が増えるのではないでしょうか。私と工藤さんも、そのような仕組みづくりに取り組み始めています。みんなで支え合って、こどもを守り育てていきましょう。
工藤: 将来的に単身里親は増えていくと思います。経済面や住居面で私が直面したような課題も、少しずつ支援体制などが整うことを期待していますし、私たち当事者が声を上げていくことも大切だと感じています。週末だけ、短期だけというかたちもありますし、里親の数が増えて、多様な支援のかたちが増えるとよいなと思います。里親同士繋がりあって、支えあうことも出来ます。一緒に子どもたちを支える仲間が増えると嬉しいです。
こうのいけ・ともえ 1972年、横浜市出身。27歳で伊豆大島に渡り、NPO法人「フリースクールまいまい」を設立。30代後半で東京都の職員として児童相談所などに勤務。2021年に里親の認定を受け、こどもを迎え入れる。23年、東京都渋谷区に「いるか家」を設立、代表理事に。公認心理師。
くどう・よしこ 1974年、米国・ペンシルベニア州出身。児童養護施設で4年間勤務し、保育士の資格を取得、「フリースクールまいまい」主催の伊豆大島こどもキャンプで鴻池さんと出会い、いるか家の理事に。2024年に里親の認定を受けた。