社会的養護のこどもたちのなかには、里親家庭で初めて「家庭の味」を知ったという子も、少なくありません。「食育」という言葉があるように、こどもにとって「食べること」は「育つこと」であり、「生きること」でもあります。ふたつの里親家庭に、「家庭の味」とこどもたちのエピソードをお話しいただきました。
「おいしい、おいしい」とほおばってくれた
宮崎県でファミリーホーム「みっちゃん家」を営む田中道子さんは、里親歴18年。現在6人のこどもたちと、にぎやかな毎日を送っています。「みっちゃん家」では、家庭菜園で採れた新鮮な野菜を中心にした温かく家庭的なご飯をみんなでいただき、今まで約30人のこどもたちが、縁あって育ってきました。特に、6年前に自立して巣立った少年「ナオくん」は、「みっちゃん家」での食事を通して、母親の死や不登校を乗り越えていきました。
――「ナオくん」との出会い、そして食事を通して彼がどのように成長していったか、聞かせてください。
里親になったきっかけからお話ししますね。ナオくんのお母さんとは元々知り合いでしたが、亡くなられて、おばあちゃんが養育していました。うちには年齢の近い実子がいたので、こどもたちの面倒を少し見ていました。そのおばあちゃんも亡くなると、行政の方に、里親という選択肢があることを教えてもらいました。「児童養護施設に入るか、里親家庭に入るかのどちらかになります、田中さんのもとで生活すれば、ナオ君は安心して学校生活を送ることができると思います」と言われて、背中を押されたように里親になる決意をして研修を受けて登録しました。
もう18年前のことです。お母さんが亡くなられた当時小学校5年生のナオくんが、お姉さんと共にうちにやってきました。口数が少なく、夜と昼が逆転しそうな感じで、漫画を部屋で横になってずっと読んでいました。最近改めてナオくんに当時のことを聞いたのですが、ほぼ覚えていませんでした。ただ一つ、我が家に来た当初、コースター付きの氷が入った麦茶を出されて、「世の中にはこんなおしゃれなお茶の出し方があるんだ」と印象深かったことは、覚えているそうです。
ナオくんは、ご飯の時は別人のように目をキラキラさせて「ほんとおいしい、これおいしい」とお箸を自分の手元だけのお皿でなく、大盛りのみんなで食べていいものにまで持っていきました。その様子は映像として私の記憶に残っています。ほおばるたびに「おいしい、おいしい」って言ってくれたから、すごく嬉しくて頑張って食事を作っていた記憶が鮮明にあります。
大人になっても大好きな「家のなすびの味噌炒め」
ナオくんの大好物はなすびの味噌炒めでした。成長して自立し、ここを離れた後、帰省する前には「道子さん、なすびの味噌炒めを作っといてね」って電話元で言ってくるので「もう任しとき」と返事しました。ファミリーホームを新しく建てたときに、庭の畑にはナオくんのためにと思ってなすびを植えて、誇らしげにナオくんに「これなすびの苗ね!」って言ったのはよく覚えています。大人になり、最近ナオ君の好みはなすびの煮浸しに変わり、今年の夏は煮浸しをたくさん作らされました!
――大人になったナオくんとは、ごはんの思い出についてお話することはありますか。どんなお話をしていますか。
ナオくんは今、自分も親になって育休も取り、子育てをしています。その様子を、私も微笑ましく見ています。こどもにご飯を作るときには、私の作ったご飯の映像が浮かぶのだそうです。「あんなのがあったな」と具体的に映像が浮かんで、それでご飯を作ることができるのだそうです。「ちゃんとご飯を作ってくれたおかげで、ぼくが作る身になった時に、ご飯が映像として出てくる。感謝しているよ」と言ってくれるので、もう私にとってはそれで十分です。
――ナオくんが、学校に行けなくなった時期があったとのことですが、その時に毎日、それでもお弁当を作っていたそうですね。
里子として迎え入れたこどもが学校に行かなくなるというのは、その時が初めてでした。いつかは行ってくれると思うから、急に行くって言ったときにお弁当がなきゃダメだと思って、お弁当を毎日作りました。行かなくてもお昼ご飯なり、夕ご飯なりになりますし。高校2年の夏休み明けから不登校になったので、1年くらい毎日お弁当を作って、高3の秋過ぎぐらいから少しずつ通い始めました。「学校に行くのは自分で行くしかないから、ナオくんの力だよ」って伝えました。何にもできなかったけど、「弁当は作った!」という達成感があったので、後悔はありませんね。
こどもたちの心に残っている、食事の思い出
――今まで何人くらいのお子さんを養育されてきましたか?
今までここに来た子は30人ぐらいいます。今まで縁のあったこどもたちが、ちょこちょこっとメモ紙に書いてくれているメッセージには、食事のことを書いてあるのが多いのです。改めてこの機会を得て手紙を読み直したら、こんなことが書いてありました。
「お母さん、朝ご飯に目玉焼きとバナナジュースを作ってくれてありがとう。いっぱい元気が出たよ。大好き」。これは小学生が卒業する時に書いた手紙です。
「お母さんはいつもおいしい料理を作ってくれるね。でも残してごめんね。これからは少しでも残さないように頑張るね。いつもありがとう」。食が細くて低体重で来て、このままでは命の危険もあるかもしれなかった子です。
「一緒にいてくれてありがとう。食事もありがとう。嫌いなものもあるから、嫌いなものは一口だけ食べるね。これからもよろしくお願いします」これは一時保護の子ですね。
「いつもたくさんの量のご飯を作ってありがとうございます。 いつもお腹いっぱいになって満足です」これは中学校卒業の時の手紙ですね。
お父さんには「勉強を教えてくれてありがとう」とか「どこか連れて行ってくれてありがとう」って書いてあるんですけど、私に対してはご飯のことが多いです(笑)。
――里親家庭に迎え入れられたこどもや、社会的養護のこどもたちにとって「食べること」「食事」はどうあるべきか、田中さんのお考えをお聞かせください。
ご飯を作ることに心を込めています。児童養護施設のように献立がちゃんとできているとか、栄養を考えてということではなく、一番は採れたての野菜とか、旬のものとか、冷蔵庫にある中で何ができるかを考えています。「今日のご飯は何?」は、うちの子たちの口癖です。下校後迎えに行くと「今日のご飯は何?」って必ず聞いてきます。こどもの一大関心ですね。「残りものオンパレード!」って答えると「ガックリ!(笑)」
その同じ笑いや空気、私は好きですね。私の信念は、ごはんってごちそうでなくてもいい、みんなで一緒に食べるご飯はおいしいってことです。ご飯はみんなで一緒に食べるもの。そこで会話も生まれ、愛情や愛着もできます。食育っていう大げさなものではないけど、そういう食卓は里親家庭にとってもとても大事なものじゃないでしょうか。ご馳走でなくても、たまにカップラーメンをみんなですすって「ウフフ」みたいな感じでも、一緒に食べることが大切だと私は思います。
みんなが同じテーブルで同じものを食べながら話をしていくと、話の中でつい本音がこぼれる魔法の食卓になります。「共食」が生むエネルギーは、里親家庭ならではのものでしょうか。どこの家庭でもあると思うのですが、それを今まで現実的に体験できなかったこどもたちがうちに来ます。しつけの前に、うちに来たこどもたちには、まず愛着や愛情をかけることが大事なのです。心が近くなるツールは、絶対にご飯です。ご飯でお腹いっぱいにしたら心も掴めます。コミュニケーションが取れなくても、大丈夫です。
家で育てた野菜は生でかじるとおいしいです。小学校2年生の子が、ピーマンが大好きで、「かじるとおいしいね」って言うので私も食べようって言って一緒にかじります。その瞬間に同じものを食べてニコッと笑って一緒に「おいしいね」ということを私は大事にしているのです。どっちがいい音をするか言いながら。そのときふたりでアイコンタクトがとれたら、最高に楽しいです。
――これから里親になる方たちに、食べるものという観点ではアドバイスがありますか。
ごちそうでなくていいのです。一緒に食べること。食事は朝昼晩と回数が多いでしょう。だからその機会をみんなで一緒に過ごすというか、一緒に作ったりするともう最高にいいです。
これからお子さんを迎える方には、「肩を張らない、親にならなくてもいい」と伝えたいです。伴走者でいいと思うし、これで終わりっていうのはないとは思います。自立したり、結婚してこどもができて家庭を持ったりしても、いつでも「おかえり」と言いたいですし。最近は孫を見てちょっと預けられるみたいな感じで、「おかあさん」から「ばあば」的な実家機能がフル回転中ですね。そこでも、同じ食卓を囲む……会話が弾みます。
カップラーメンがごちそうだった男の子
関西地方で里親として14年間養育に取り組まれている小野さん(仮名)。最初は乳児を主に養育し、最近は少し大きい子も育てるようになって、今までに12,13人のお子さんを養育してきました。現在は4歳から中1までの3人のお子さんを養育しています。いろいろな経験をされる中で、「カップラーメン」にまつわる7歳の男の子とのエピソードを話してくれました。
――里親として今まで何人のお子さんを育てられてきましたか?
現在は3人のこどもを育てています。私には今は大学生になった実子もいるのですが、血縁とか関係なく、里子も自分のこどもとして育てるのでいろいろな思いはありますね。なかでも、「食」というエピソードに関しては、当時7歳の「タロウくん」(仮名)のことを強く覚えています。初めて乳児以外の子を受け入れる話があって。やってみようという感じで、タロウくんが家に様子を見に来ました。優しいし、本当に素直なお子さんでした。貧困家庭にいたということで、いろいろ我慢することも多かったと感じられましたね。
最初に一緒にスーパーに行ったときに、真っ先に駆け寄ったのがインスタント麺の棚で、「これ買って」と真剣な顔で訴えかけてくる姿は、こどもがおもちゃ売り場に走るのと同じ勢いでした。あったかいものが幸せの味だったのではないかと思いました。うちでも災害に備えてのローリングストックとして、小さいカップラーメンなどを置いてあったのですが、見つけてしまうと、「これ!」と言って、開けてしまうのです。カップラーメンがおいしいおいしいという感じでした。
おかずがあるのに、ご飯にお醤油をかけて食べることもありました。それを見て、栄養をどうやって取っていたのかと思うと、胸が苦しかったです。それに、すごくたくさん食べる子でした。大皿で盛った時に、周りのことを考えないで、自分の分だけパッと取って他の子の分も取ってしまうというのもあって、違和感を覚えました。それだけ家庭にいる時に足りなかったのかしらと。そんなに満足するほど食事がいただけなかったのかと感じて切なくなりました。
カップラーメンから手作りラーメン、焼き肉へ……少しずつ工夫していった
――そんなタロウくんが、いろいろなものが食べられるようになったきっかけについて聞かせてください。
「カップラーメンとかスナック菓子はたくさん食べるのに、なんで手作りのものは全然食べないのかな」とか、「お腹空いているはずなのに」などと思って悩んだこともあります。ただ、彼としても食べないわけにはいかないから、徐々に慣れていってくれたと思います。
毎日「カップラーメンが食べたい」という彼に、「じゃあ今日はラーメンを手作りで作ってみるよ」と提案しました。鶏ガラでスープを作り、野菜やお肉を入れて出すと食べた瞬間「これ美味しい」とつぶやいたのです。麺は袋麺ですし、そんなに大きく変わっていたわけではないのですが、小さなつぶやきに胸が熱くなりました。
お醤油をかけてご飯を食べていたわけですが、少し勇気を出して「ちょっと食べようか」と思ってくれればいいと思って「まずは一口だけ食べてみようか」と声をかけて食事を用意しました。栄養価が高くタンパク質があるものを食べてほしいと思い、ご飯に醤油というところから一歩進めて卵かけご飯にして、タロウくんの「好き」に寄り添いながら家庭の温かさを加えて行こうとしました。そして次に、お肉などを並べてみました。「焼き肉を自分で焼いてみようか、他の子にもそれを分けてあげよう」と声かけし「小さい子に分けてあげましょう」と、鍋奉行ならぬ、焼き肉奉行になってもらいました。食べる時間が楽しいと思える雰囲気づくりをしました。
――それからどんな感じでタロウくんは変わっていきましたか?
温かく家庭的な雰囲気がある中で、食事のお手伝いを頼むと喜んでくれました。自己肯定感が生まれるというか、褒められるとうれしいと思ったようです。だんだん食事の時に周囲ともうまくやっていけるようになったし、食べ物もいっぱい食べられるようになりました。もともとたくさん食べてはいたのですが。いろんなものを満遍なく食べるようになり、「食事の時間が楽しい」という風に持っていくことができました。
――今もタロウくんを養育しているのですか?
今もタロウくんはうちで生活していて、10歳になりました。運動をしていて、相変わらずよく食べていて、元気いっぱいです。成長期だからたくさん食べる感じです。ご飯の量がとても多くて、丼でご飯を食べています。背も体重も大きくなっています。
――お手伝いも結構やってくれるのでしょうか。
特に土日は野菜を切ったり、お肉もホットプレートに並べて焼いたり、取り分けもやってくれて、他のこどもたちも頼りにしている感を出していて、こちらも楽しんでやっていますね。お兄ちゃん的な感じで、仕切るまではいかないですが、これやってねって言ったことはちゃんとやってくれて頼りになる感じです。
独りだと食べられないごはんも、みんなと一緒なら食べられる
――社会的養護のこどもたちにとって、食べることがどうあるべきか、お考えはありますか?
独りで食べることがない子は幸せだと思います。いくら豪華なお食事でも、独りで食べていたらきっと味気ないでしょうね。私も小学校のとき、好き嫌いがあって野菜が食べられなかったのですが、家のサラダは食べなかったのに、学校では食べられたんですよね。
――これから里親になりたい方や、これからこどもたちを受け入れられる方に、食育についてのアドバイスはありますか。
小さい頃の食習慣は大事ですね。無理に食べさせるのは難しいですし、学校給食でも強制してまで完食させなくなっています。難しい時期が来ることもあると思います。うちも時間がかかりました。食の広がりは心の広がりそのものだと思います。
味を変えてみたり、細かくして食べやすいように野菜を入れたり、そういう小さいことの積み重ねでやってみるのは、こちらも楽しかったです。味はうちでつけたいと思ってお出汁を取って工夫をしました。お弁当には冷凍食品を使うこともありますが、普段は使わないようにして、家庭の味を大事にしましたね。美味しいものをみんなで食べた記憶を、大きくなって自立した後も持って行ってほしいと思います。思い出というのも財産ですから。